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IPWカフェを開催しました(2023年9月7日)

 14回目のIPWカフェは、参加者の死生観をゆさぶるような非常に奥の深いものとなりました。今回のミニレクチャーの講師は、埼玉医科大学総合医療センター教授の儀賀理暁(ぎか まさとし)さん。疾患や症状ではなく、「あなた」の専門家をうたう緩和医療科の先生です。


「あなたの大切なものは 医療の言葉で語れますか?」と題したミニレクチャーで、儀賀さんは、まず30歳代の女性の物語を提示されました。

 体調不良を訴えて来院した彼女を検査してみると、すでに胃がんが全身の骨に転移しており、何も治療をしなければ余命はせいぜい数週間。治療をするなら抗がん剤の投与となるが、それすら負担が大きく即座の死を招きかねないという状態。医療者の側もどうすればよいのか治療方針が立て難いような状況でした。

 主治医は、繰り返し丁寧に病気や治療の説明を重ねた上で、どうしたいかと本人に訊ねた時に出てきた彼女の最初の言葉は

「わからない。怖い…」


 通常の医療者は、「維持・回復」を目指すサイエンティストとして、病気・病態の正確な把握に努め治療を行うのがその役割です。だが、そこには“人”がいない。例えばこの女性の状態を医療者が表現する「多発骨転移による播種性血管内凝固症候群」という正確かつ科学的な言葉は、本人にとって大切な「家庭・仕事 / 痛み・苦しみ / これからの人生」には視線が向いていません。

 治療適応の有無の判断は、プロフェッショナルである医療者が行うべきこと。それを患者に判断させることは(あえて言えば)責任放棄にもなりかねません。それは、「問い」の外側でただ傍観していることになるからです。こうした状況では、自分の考えを押し付けるのでも、本人に委ねるのでもなく、医療者もまた一人の人間として「問い」の中に含まれることが望ましい。そのために、儀賀さんはジャッジメントを伴う《聞く》と、それを伴わない《聴く》を意識しながら、ひらがなの《きく》ことを重視していると言います。

 この女性のケースでも、「なんとしても娘たちの卒業式・卒園式に出たい」という本人の言葉を緩和医療スタッフが《きき》、チーム全体で共有した結果、医療の言葉だけではなかなか決まらなかった治療方針が、リスクの大きい抗がん剤治療は避け、痛み止めを中心に体調を整えることに集中するという方向ですんなりとまとまりました。


 もう一人は、白血病で骨髄移植を2度受けてきた女子中学生との経緯。免疫の影響で肺がボロボロになっており、人工呼吸器を使って持ちこたえているが、このままでは来年の夏を迎えることはまず不可能。残る選択肢は生体肺移植しかないが、肺がもらえる両親のうち一人は血液型が違っており、血液型の違う肺の生体移植は世界的にも前例がないという状況です。

 こちらも手術の話をした時の最初の反応は「もう、がんばれない」だったそうですが、その後も病室に通って本人の「呼吸器を外して歩きたい」という声を《きけた》結果、もう一度がんばってみることとなりました。移植手術を引き受けてくれた京都大学まで移動する際には、新幹線車内のわずかな気圧変動でも肺が破裂してしまう可能性があるため、儀賀さんも医師免許を返上するほどの覚悟で臨んだそうですが、そうした数々の困難を乗り越えて、世界初の手術を成功させることができました。


 儀賀さんの穏やかで落ち着いた語り口もあって、涙なしでは聞けない話ばかりでしたが、振り返ってみると「人間の生と死」について考えている自分に気づきます。

 たとえば、二人目の女子中学生について「その後は高校にも通えるようになり、先日は遠足でディズニーランドに行ってきた」といった後日談を聞くと、心の底から本当に良かったと感じますが、これとても「生きる=良いこと、死ぬ=悪いこと」という価値観にいまだ自分が囚われているのではないかという疑念が頭に浮かんできます。

 医療関係の参加者にとっては、「維持・回復という当たり前に思っていた前提・目標を放棄せざるを得ない状況になったら、自分は何を目指すのか」に思いを馳せた人が多かったようで、ブレイクアウトルーム後の歓談の時間には「自らの精神のバランスをどうやって保っていますか?」などの質問が儀賀さんに寄せられていました。


 儀賀さん自らがギターを奏でて紹介された長田弘の詩、『花を持って、会いにゆく』は、他のネット上の多くのブログでも取り上げられています。



長田弘 著/グスタフ・クリムト 画 『詩ふたつ』(クレヨンハウス刊)

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